I. 選び取った十字架の信仰 - 磯野牧人 - 2004年1月

 生まれる、老いる、病気、死、という四つのことについては、人は如何なる知恵を傾け力の限りを尽くしても思いのままにはならぬものだと、釈迦は言っております。 

 しかし、この世は全て自分の意志通りに行かない事ばかりではなく、それぞれの考えを選択できる、自由な意志をも神は与えてくださいました。さまざまな宗教の中から何れかを選び取るのも、その内の一つだと思います。 

 私は以前、創価学会に入会し「南無妙法蓮華経」を百編唱えることを毎朝続けており、それによって精神的に安らぎを得、充足感を覚えておりました。 

 ある時、クリスチャンである家内に、「おふだ札を拝むことは偶像礼拝で、無の行為だ。」と言われました。加えて、キリスト教についていろいろ話を聞かされましたが、納得するまでには至りませんでした。家内の意の通りにすべきか、意見を無視して続けていくべきか迷いました。 

 この世でキリスト教が最も正しい宗教だと信じている家内が、間違った宗教へ走り込んだ私を正さなければならない、この機会にクリスチャンになって欲しいとの願いがあるのではないか、という思いが頭の中をよぎりました。創価学会から抜け出さなければ家庭内の空気に歪みが生じ、お互いの心の奥底にこだわりが起きてくるのではないかと懸念しました。考えた末、日蓮宗の創価学会を捨てることにしたのです。おふだ札と仏壇を焼いて処分してしまいました。信じた信仰を簡単に切り捨ててしまえたのは、信仰の薄弱さを如実に物語っていると思います。けれども、日蓮宗を離れたその時からキリスト教に移り変わったわけではなく、それから数年はなんの宗教も持たない年月が過ぎていきました。 

 ところがある日、突然にキリスト教に関心を寄せるようになったのです。何故そのような心境になったのかは定かではありませんでしたが、聖書を買ってきたのです。 

 読み始めたものの、読みこなすのには大変な努力と忍耐が必要でした。結果、聖書は本箱の隅に追いやられ、埃をかぶる羽目になってしまいました。その後は時折、読んではみるものの難解なため、数頁で閉じてしまうということがくり返されていました。けれども、なんとか理解することができればと、キリスト教に関する本を買い求め、その数は十数冊に及びました。しかし、私はキリストに向かって素直に胸を開くまでにはなりませんでした。 

 そんな折、アメリカにいる娘から一通の手紙を受け取りました。「知り合いの教会員の息子さんが、埼玉県で宣教師としての働きをしているので是非会って欲しい。」というものでした。先方に連絡をとり、家内と共に訪問の機会を得ました。そのことがきっかけとなり、当時、埼玉県浦和市で伝道活動をしておられた、大谷先生ご夫妻の教会に足を運ぶようになったのです。 

 やがて一年ばかり経った時、私は洗礼の恵みに授かることになりました。紆余曲折、長い年月の末でした。それまでに至ったのは、家内や娘、周りにいた人達の祈りが叶えられたのですが、何よりも大きな力は、神の導きによる恵みであることは確かなことです。 

 無信仰で自己本位に生きていくか、善の道を歩むか、二者択一を迫られた時、私は十字架を信ずる信仰を選び取りました。以来二十三年。今、救われた身となっていることを喜びとしています。