V. すべてに感謝して - 谷崎清子 - 2005年10月

 4月13日午前2時30分、私の横で静かに眠っていた主人が大きな深呼吸のあとあっという間に天に召されていきました。私のまわりのものは何もかわらずそのままなのにそこにいた人が急にいなくなってしまった・・。当時の私は呆然自失という状態であったと思います。 

 日本から翌日かけつけてくれた妹が世話をしてくれたので少しずつ落ち着きを取り戻した私でした。妹も主人を亡くしておりますので私の気持ちをよく理解してくれたのでしょう。 

 今5ヶ月が経ち主人の死を現実として受け止めゆっくりですが前向きに生きていく気持ちになるまでには、神様の深いあわれみ、大きな御愛、そうして皆様と家族のあたたかいお祈りとサポートがあったからこそと心から感謝を申し上げます。 

 私は結婚前から男の子が育っていく時、自分の父親のように、また女の子は自分の母親のようになりたいという理想像を持てたらその親子関係は幸せではないかしらと考えておりました。 

 私達には男の子が二人与えられましたが主人の葬儀の日、息子達が口数の少なかった主人の生きざまを見て学び、尊敬し、父親の愛をしっかり心に受け止め感謝し、自分も父親として自分の子供に同じようにしてやりたいという言葉を皆様の前で語りました。それを聞いた私は私の前で眠っている主人に心の中でつぶやきました。 

 「あなた、息子達の声が聞こえましたか。あなたの愛した息子たちは今、心からあなたを父親として持てた事を感謝しています。そうして二人はクリスチャンとしてしっかり生きていく事でしょう。父親としての役目を立派に果たしてくださって有難うございました」と。 

 それまで涙で前方が見えない私でしたが、その時主人がよく私に見せた、少しはにかんだ笑顔だけがはっきりと見えた事を覚えております。 また私もこの広い世界からただ一人あなたを夫として選んでくださった神様に感謝をし、五十三年間ありがとうございましたと主人に話しかけたことでした。 

 主人が居なくなった今も、私は外からもどると「ただいま」、出かける時は「行ってきます」と見えない主人に声をかけております。 

 生前、主人は私が出かける時、いつもきまって「何時に帰って来る?」と聞きました。私は外出中も約束の時間を気にしておりました。そうして私がただいまとかえりますとホットしたように見せた主人の顔が今も目に浮かびます。 

 神様の側で平安の中にいる主人ですが、今も私がいつ帰ってくるかと待っているのでしょうか。でもこれは神様の御手の中にあること、わたしにはいつとは申せません。ただクリスチャンとして救われている私達は必ず再会できる確信を持っております。なんと言う大きな恵みでしょうか。その日を楽しみに私は残された私の人生を神様の御愛を少しでも伝えられますよう歩んでまいりましょう。すべてに感謝して。